おびただしい汗の痕跡なのか、シャトルが落ちる寸前にはじき返す至高の技が床をかすめた傷痕なのか、練習用のラケットはぼろぼろだった。世界の頂点を極めた若き王者も、努力を抜きには語れない▼バドミントンの桃田賢斗選手が日本代表を退く。東京五輪の金メダルに最も近いとされた絶頂期、交通事故で離脱を余儀なくされた。若気の至りで挫折も味わった。それでも歴戦の金字塔は色あせない。世界選手権で日本勢初の男子シングルス優勝を飾り、福島民報スポーツ大賞を受けた際、「中学、高校で学んだことが生きている」と明かした。県民の応援が大きな力になると、感謝も繰り返す姿に気負いはなく、すがすがしさに満ちていた▼富岡一中、富岡高時代の6年間を過ごした本県を「第二の故郷」と常々語ってきた。今夏のパリ五輪出場はかなわなくても、後輩たちが控えている。2学年下の大堀彩選手は、ふたば未来学園中・高バドミントン部の冊子に寄せたメッセージで、日本代表の同窓生を「互いに声を掛け合える最高の仲間」と誇った▼「TOMIOKA」のDNAは脈々と受け継がれている。先頭を走り続けた第一人者の輝く勲章にほかならない。<2024・4・19>